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秀吉と迦陵頻迦の珍問答 

2010/03/10 No Comment

みなさん、迦陵頻迦(がりょうびんが)って何かご存じですか?
広辞苑によると、「仏教で雪山または極楽にいるという想像上の鳥。妙な鳴き声を持つとされることから、仏の音声の形容ともする。その像は、人頭・鳥身の姿で表わすことが多い。」となっています。

少し説明が堅くて分かりにくいですが、簡単に言うと「上半身が人、下半身が鳥の極楽に住む想像上の生き物。」

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見た目は、こんな感じになります。
迦陵頻迦
画像:File:Amidakyohenso Karyobinga.jpg – Wikimedia Commons

なぜ急に迦陵頻迦について書く気になったのかというと、最近、また山岡荘八氏の「豊臣秀吉」を読み直してまして、
その中で迦陵頻迦についての面白い問答があったので、急遽、紹介したいと思いました。

話の流れ

それでは、まず話の流れから。

藤吉郎(秀吉)の活躍により稲葉山城を落とし、斎藤家を滅ぼした信長は、次に伊勢志摩の大名である北畠氏の攻略にかかった。その伊勢攻略の先方として、滝川一益を北伊勢に送り込んでいたが、いざ戦闘を始めてみると相手の抵抗が並大抵モノではなく、特に、高岡城を守る豪将・山路将監にはかなりの手を焼いていた。そこで信長は、滝川一益を援護させるために藤吉郎を北伊勢に送りこみ、事態の打開にかからせた。

北伊勢についた藤吉郎は、滝川一益から手柄をもぎ取り、出世を独り占めするために単独行動を行う。しかし、敵は豪将・山路将監。真正面から行って城を抜くのは非常に困難だった。そこで藤吉郎は、城を力で攻め落とす事から、相手を降伏させる事に作戦を変更。山路将監に直接会って和議という形の降伏を勧める事にした。(勿論、その前には、城と領民ゲリラの間にくさびを打って城を孤立させたりしている)

そして、藤吉郎はお気に入りの馬の口取り・原田三郎左衛門に馬を曳かせて、高岡城の城門に向かった。
その城へ向かう間の会話がこの迦陵頻迦の珍問答の始まり。

ガリョウビンガの珍問答

会話は、藤吉郎が馬の口取り・原田三郎左衛門と城に向かう場面からスタート。

藤:「三郎左、その方は山路将監が降参すると思うかどうじゃ?」
原:「そりゃ、こっちの贈り物次第だと思います。」
藤:「フーン、何を送ればよいと思うぞ」
原:「ガリョウビンガはどうでしょう?」
藤:「ガリョウビンガ・・・、それは何の事だ」
原:「わたしもまだ見たことがありません。しかしなかなかよいものらしゅうござります」
藤:「それは、どこにあるのだ。南蛮人でも持ってきたのか」
原:「うんにゃ、それは極楽浄土にある。できればわしも一つ欲しい」

ガリョウビンガの話をしている原田三郎左衛門もガリョウビンガが何か分かっていない。
なので、この段階で藤吉郎がガリョウビンガについて分かるはずもなく話はどんどん進んで行く。

そして、色んな抵抗や押し問答があった挙句、なんとか藤吉郎は城に入り込み山路将監との体面となった。

藤吉郎と山路将監

藤:「ハッハッハッ・・・いや、やはり山路どのは凡将ではござらぬて。ご城内の備えぶりことごとくわれらの気に入ってござる。まだあれに兵粮もたくさんござるようじゃの」
山:「追従はたくさんじゃ、床几はそこにござる。掛られたら、早速用向きを承ろう。」
藤:「これはかたじけない。では、率直に申し上げよう。この城、いつ、われらにお引渡し下さるや。それを承りに参ってござる」
山:「ワッハッハ・・・、ではわれらの方からお問申そう。木下どのとやら、貴公いったい、この城を何日かかって落として下さるや」
藤:「な、なんだと」
山:「貴公が落としてくれたその日に、われらはこの城をたしかに明渡そう。すべて貴公次第だと心得さっしゃるがよい」
藤:「なるほど、これは明快なご返事じゃ。では早速あれなるやぐらの上に、この旗をお立て願おうか」
山:「では確かにその日まで預りおこう」

こんな幼稚な問答があり、会談は完全にもの別れの様相。
このまま帰る訳にもいかない藤吉郎は、急に突拍子も無い事を言い始める。

藤:「いよいよもって面白い。これでわれらも話甲斐があるというものだ」
山:「くどい!次の用向きを申さっしゃい」
藤:「おう、申さいでか。北畠大納言卿は聞きしにまさるガリョウビンガじゃ」
山:「な、なんだと、何と云われたのじゃ」
藤:「聞きしにまさるガリョウビンガだと申したのだ」
山:「ガリョウビンガ・・・・・?とは何の事だ」

勿論、藤吉郎はガリョウビンガを全く理解していない。
これは一発逆転を狙ったというか、完全に開き直った藤吉郎の知ったかぶり。

藤:「これはしたり、伊勢の国司北畠家にその人ありと知られた山路弾正どのほどのご仁が、ガリョウビンガをご存知ないと申されるか。そのようなことはわれらが馬の口取りまで、絶えず口にいたしている事でござるぞ」

馬の口取りとは先程ガリョウビンガの話をした、原田三郎左衛門。原田が知っていたから、国中の全員が知っていると大ボラを吹いている。それにしても「聞きしにまさるガリョウビンガ」とはおもしろい。

山:「なに、ガ・・・・ガ・・・・ガリョウ、なんと申された」
藤:「ガ、リョウ、ビ、ン、ガ、でござる」
山:「フーム」
藤:「おわかりなされたか。このような極楽の通り言葉を知らないでは相済ますまい」
山:「ああ、それならば相分かった」
藤:「なに、わかられたと!?」
山:「いかにも、相わかった。そのような言葉なら極楽では屁でもないことじゃ」
藤:「ふーん、極楽の屁と申されたな」
山:「いかにも申した。ところで木下どの、われらの主人大納言卿を、貴公よくも屁にたとえられたな。さ、われらの主人が、如何なる理由によってガリョウビンガか、その趣旨を承ろう」

迦陵頻迦この段階でガリョウビンガは完全に「極楽の屁」になってしまった。しかし、ガリョウビンガが屁であろうと鳥であろうとそれを知らない藤吉郎は、ここでは知っているといった人間の意見に乗っていく以外に道はない。勿論、極楽の屁であるはずはなく、これのことである。ガリョウビンガ→→→

藤:「おおおお申さいでか。よいかの山路どの、屁は屁でも極楽の屁じゃ。これを以て礼を失したと受け取るは貴殿の無学さじゃ」
山:「なるほど、極楽の屁でござるなあ」
藤:「そうじゃ、極楽では屁もまた香り高くして美しい音色のもと思わっしゃい」
山:「ふーむ、そ、それは、そうじゃ。そのはずじゃ」
藤:「ところが、やはり屁は屁じゃ。いかに美しい音色であっても実はない。そもそも北畠家とは、この伊勢にあっていかなる家柄か考えてみられるがよい」
山:「それは、申されるまでもない。南朝の大忠臣、北畠親房卿が大神宮のご神徳とともに、この地にご仁政を残されて・・・・・」
藤:「それそれ、それがガリョウビンガじゃ」
山:「ガリョウビンガであろうかの」

もうここまで来るとガリョウビンガは屁でもない。この段階では何になっているのかは不明だが、最後にはガリョウビンガが何なのかボヤッと見えてくる。

藤:「ガリョウビンガでなくてどうするものじゃ。つまり代々、大神宮の神威を蒙って、民百姓の安泰を祈られる。その北畠家が、何ゆえ織田尾張守信長の、勅命を蒙って乱世を終わらせようとする勤王の大事業の前に立ちふさがって邪魔をなさるのじゃ。・・・・中略・・・・・真っ先に織田と握手して天下泰平のために働かねば済まぬはずの北畠家が、いまだに勤王のさまたげをするとは全くもって祖先と家柄を忘れ果てたガリョウビンガとは、お気づきなさらぬか」
山:「フーム」
藤:「よろしゅうござるかの。われらが主人織田信長の許へは、尾張にあるうちからたびたび勅使ご下向の事があったのでござるぞ。・・・・・・中略・・・・・・だいいち信長公は、年々伊勢大神宮にも寄進をかかさず、熱田の宮へもできるかぎりの保護を加え・・・・」
山:「相わかった!なるほどこれはガリョウビンガでござった」
藤:「おわかり下されたか山路どの」
山:「天朝の事を忘れて戦う・・・・と、云われては、なるほど大納言さまの泣きどころじゃ。北畠家は、そのような事があってはならぬお家柄じゃ」
藤:「お分かり下されてか山路どの」
山:「山路弾正も男でござる。ここはいちばん、大納言さまとご相談申すというたそう」
藤:「それを承って、われらも単身やって参った甲斐がござった。この通りじゃ山路どの」
山:「いやいや、たしかにガリョウビンガでござった。音ばかりではクソの役にも立ち申さぬ」

最終的に二人の間でガリョウビンガは、「無用の長物」のような意味になっています。いくら極楽で良い音を出す屁であっても、それを下界で聞けなければ無意味。北畠家も勤王という大義がありながら、同じ勤王の志を持つ信長に協力しないのであれば無用の長物だと言う事。これは私の推測の範疇を超えないが恐らくそんな感じの意味でしょう。

最後に

このガリョウビンガのくだりは、
お互いに知ったかぶりをしながら、知らない言葉を使い続けて、
いつも間にかその言葉を間違ったはいるが、同じ意味として共有し話の合意に至る、
という凄く面白い話。

またその題材が、藤吉郎こと秀吉だったの言うのも面白さを倍増させています。

みなさんも知ったかぶりをする事がありますか?
知ったかぶりをしてこのようにうまく行く事はまずありません。
このガリョウビンガも家に帰って調べてみれば、お互いに知ったかぶりだった事は一目瞭然。
はずかしい思いをするのは自分なので、知ったかぶりには注意しましょう。

ちなみに、このガリョウビンガのお話は、ここで終了するのではなく、家に帰った後の寧々や竹中半兵衛とのやりとりもありますので、是非この山岡氏の豊臣秀吉を読んでみて下さい。

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